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千葉地方裁判所 昭和56年(ワ)625号 判決

原告

矢作笑美子

被告

長島重雄

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し、一九九万一〇九〇円及びうち一七九万一〇九〇円に対する昭和五三年五月二五日以降、二〇万円に対する本裁判確定の日の翌日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し、三九二万五六〇〇円及びうち三六二万五六〇〇円に対する昭和五三年五月二四日以降、三〇万円に対する本裁判確定の日の翌日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

昭和五三年五月二四日午前一〇時五〇分頃、市川市柏井町二丁目一四三五番地先路上において、原告を含む七三名の幼稚園児が園外教育のためガードレールによつて車道と区分された歩道上を教諭二名ほか一名に引率されて歩行中、対向してきた被告長島運転の大型貨物自動車(多摩一一か三〇二四号。以下「加害車」という。)が荷くずれを起こし、積載してあつたビールの空びん四三ケース(八六〇本)が園児の列に頭上から落下し、原告を含む二四名が負傷した。(以下、この事故を「本件事故」という。)

原告は、本件事故によりガラス片が右眼に突き刺さり、右強角膜裂傷・虹彩脱出の傷害を負つた。

2  被告らの責任原因

(一) 被告長島

被告長島は、加害車の運転者として、走行中に積荷が万が一にも荷くずれを起こすことのないよう積載に当つて積荷を緊縛する等万全の措置を講ずべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、積荷のビールの空びん多数を路上に落下させたのであるから、民法第七〇九条により、本件事故によつて原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告共明運送有限会社(以下「被告会社」という。)

被告会社は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保償法(以下「自賠法」と略称する。)第三条により、右損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 治療費 六八万一四三〇円

原告は、昭和五三年五月二四日から同年六月一一日までの一九日間順天堂大学医学部付属順天堂医院に入院して、右眼の強角膜縫合及び虹彩切除の手術を受け、その後昭和五六年一〇月三〇日までの間に延べ一九日同病院に通院して、治療ないし検査を受けた。右入・通院治療費は合計六八万一四三〇円である。

(二) 付添看護費 九万五〇〇〇円

原告については医師の判断では付添看護は不要とされていたが、原告は昭和四八年四月二八日生まれの女児で、受傷当時満五歳の幼児であつたため、入院中母親の付添いを必要とし、また、その後の通院にも同様母親の付添いが必要であつた。右入院期間中の付添費は一日当り三〇〇〇円、通院のための付添費は一日当り二〇〇〇円とするのが相当であり、その合計額は九万五〇〇〇円となる。

(三) 入院雑費 九五〇〇円

入院中の雑費は一日当り五〇〇円とするのが相当である。

(四) 逸失利益 一三〇万円

原告は、前記のような手術等の治療にもかかわらず、右眼に角膜白班・偽翼状片・外傷性虹彩切損・視力〇・一の後遺障害を残すに至つた。右後遺障害の主たるものは右眼の視力が〇・一に低下したところにあり、これによる労働能力喪失率は、自賠法施行令別表の後遺障害等級(第一三級に該当)を参酌して、一割とみるのが相当である。

逸失利益算定の基礎となる収入額を昭和五四年賃金センサス(産業計・企業規模計・学歴計・一八歳~一九歳の女子労働者)に準拠して年額一二五万一六〇〇円とし、就労可能年数を一八歳から六七歳までの四九年間とみて、新ホフマン方式により中間利息を控除して逸失利益の現価を求めると、左記計算式のとおり二三〇万三一八一円となるが、本訴においてはその内金一三〇万円を請求する。

〔計算式〕

1,251,600×0.1×{27.6017(61年の係数)-9.2151(12年の係数)}=125,160×18.4019=2,303,181

(五) 慰藉料 二六四万〇二六〇円

前記のような事故の態様から明らかなように、本件事故は被告らの一方的過失によつて発生したもので、原告には全く過失がない。原告は、全く予期しない本件事故のためガラス片が右眼に突き刺さるという重傷を負い、前記のような入院手術等の治療にもかかわらず、前記後遺障害を残すに至つているもので、中でも視力は「〇・二」「〇・一ないし〇・二」「〇・一」と次第に低下しており、将来における視力回復が望めないばかりでなく、白内障による失明の可能性があるため将来にわたる定期検査が必要とされている。原告が女児であることを考慮すると、右のような傷害によつて原告が被つた精神的苦痛は多大なものがあり、以上の諸事情に照らせば、慰藉料の額は二六四万〇二六〇円を下らない。

(六) 弁護士費用 三〇万円

原告が本件訴訟について原告訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち三〇万円は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(七) 損害の填補 九八万五三四〇円

原告は、本件事故による損害賠償金として、被告らから七八万五三四〇円、被告会社からこのほかに見舞金二〇万円をそれぞれ受領した。

(八) したがつて、以上(一)ないし(五)の合計四七二万六一九〇円から(七)の九八万五三四〇円を差し引いた三七四万〇八五〇円及び(六)の三〇万円が、原告が本件事故によつて被つた未填補の損害である。

4  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し、前項の弁護士費用以外の損害のうち三六二万五六〇〇円及び弁護士費用三〇万円の合計三九二万五六〇〇円と右三六二万五六〇〇円に対する本件事故当日である昭和五三年五月二四日以降、右三〇万円に対する本裁判確定の日の翌日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告主張の日時、場所において、原告を含む幼稚園児らがガードレールによつて車道と区分された歩道上を歩行中、対面進行していた被告長島運転の加害車が荷くずれを起こし、積載してあつたビールの空びんが落下し、原告を含む二四名が負傷した事実は認めるが、その余の事実は不知。

2  同2(一)は争う。被告長島は、荷物を積載するに際し、木枠を当てがいロープを掛ける等して荷くずれ防止に努めたが、本件事故現場付近の道路が進行方向に向かつて右に湾曲し、かつ、急勾配であつたため、荷台が傾き、結果的に荷くずれを起こしてしまつたものである。

同2(二)のうち、被告会社が加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。

3  同3のうち、(七)の事実は認めるが、その余は争う。原告の後遺症の程度が後遺障害等級第一三級に該当するとしても、原告の年齢、将来の職業選択の可能性等諸般の事情を考慮すれば、右後遺症は、原告が将来就職するに際し減収をもたらす程のものであるとは断じ得ず、仮にある程度の労働能力喪失があるとしても、症状固定時から一二年後の一八歳から六七歳に達するまでの間右後遺障害による労働能力喪失状態が継続する蓋然性は極めて小さい。

4  同4は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

昭和五三年五月二四日午前一〇時五〇分頃、市川市柏井二丁目一四三五番地先路上において、原告を含む幼稚園児がガードレールによつて車道と区分された歩道上を歩行中、対向してきた被告長島運転の加害車が荷くずれを起こし、積載していたビールの空びんが落下し、原告を含む二四名が負傷した事実は、当事者間に争いがない。そして、原本の存在と成立に争いのない甲第二号証の一、第三号証の一、第四号証、成立に争いのない甲第九号証、原告法定代理人矢作鈴枝の尋問の結果(以下「矢作鈴枝の供述」として引用)及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第五号証、第七号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告ら築葉根学園幼稚園の園児七三名は、本件事故当日、園外教育のため近くの公園に出かけた帰途、教諭二名ほか一名に引率されて二列縦隊で前記歩道上を歩行中本件事故に遭遇したもので、原告は、割れたビールびんのガラス片が右眼に突き刺さり、右強角膜裂傷・虹彩脱出の重傷を負つたため、救急車で順天堂大学医学部付属順天堂医院に搬送され、右強角膜縫合・虹彩切除の緊急手術を受けた後、同年六月一一日までの一九日間同病院に入院したこと、そして、同病院退院後も経過観察の要ありとされて、昭和五六年一〇月三〇日までの間に実日数一九日間同病院に通院して診察を受けたが、右角膜白班・偽翼状片・外傷性虹彩切損・外傷性視力障害の後遺障害が残り、なお白内障に進行する可能性もあるので定期検診の必要性があるとされていること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  被告らの責任原因

1  被告長島

前記認定事実から明らかなように、本件事故は、加害車の運行中に積荷が荷くずれを起こし、積載されていたビールの空びん(前示甲第五号証によれば、四三ケース八六〇本とされている。)がたまたま付近を歩行中の幼稚園児の列の上に落下したというものである。貨物を積載した自動車を運転する者は、貨物の積載を確実に行う等積載している物の転落若しくは飛散を防ぐため必要な措置を講ずべき業務上の注意義務があることはいうまでもないところ(道路交通法第七一条第四号)、被告長島が右注意義務を懈怠したために本件事故が発生したことは、右認定の本件事故の態様自体から明らかである。被告らは、被告長島が、荷物の積載に際し、木枠を当てがいロープを掛ける等して荷くずれ防止に努めた旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

してみると、被告長島は、民法第七〇九条、第七一〇条により、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

2  被告会社

被告会社が加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた事実は当事者間に争いがないから、被告会社は、自賠法第三条本文により、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

なお、被告らの損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務の関係にあると解される。

三  損害

1  治療費 六八万一四三〇円

原本の存在と成立に争いのない甲第二号証の二、第三号証の二、三、矢作鈴枝の供述により真正に成立したものと認められる甲第八号証によれば、前記入、通院期間中の原告の治療費として合計六八万一四三〇円を要したことが認められる。

2  付添看護費 八万五五〇〇円

矢作鈴枝の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告については医師の医療上の判断としては付添看護を要しないものとされたが(前示甲第二号証の一、第三号証の一、第七号証、第九号証)、原告が昭和四八年四月二八日生まれで本件事故当時五歳の幼児であつたため、母鈴枝が前記入院中付添看護に当り、また、原告の住居から往復半日を要する通院に際しても鈴枝の付添いを要したことが認められ、右付添看護及び通院付添いは、原告の年齢に照らし、やむを得ないものであつたというべきである。しかして、右付添費用は、前示入院期間中一日当り三〇〇〇円(一九日間で計五万七〇〇〇円)、通院一回当り一五〇〇円(一九回で計二万八五〇〇円)の限度で、本件事故と相当因果関係のある損害とみるのが相当である。

3  入院雑費 九五〇〇円

原告の右入院期間中一日当り五〇〇円を下らない雑費の支出を要したものと認めるのが相当である。

4  逸失利益

前示甲第三号証の一、第四号証、第七号証によれば、原告の被つた後遺障害たる右眼の外傷性視力障害の程度については、自賠責保険後遺障害診断書(甲第四号証)の作成された昭和五四年六月一二日の時点では、「裸眼〇・二、コンタクトレンズによる矯正視力〇・六」と診断されていたが、昭和五六年九月一〇日の時点では、「眼鏡では〇・一ないし〇・二であるか、コンタクト装用により〇・八に改善される」(甲第七号証)と診断されていることが認められ、原告が幼少であるところから正確な視力診断の困難性は否定できないし、診断者により若干の見解の相違は免れないと考えられる(例えば、前示甲第九号証によれば、甲第七号証の診断時からおよそ一か月半後の同年一〇月三〇日の時点における原告の右眼の眼鏡矯正視力が、甲第七号証とは別の医師により、「〇・一」と断定的に診断されている。)ものの、原告の右眼の視力は時の経過とともに低下し、現在では眼鏡による矯正視力が〇・一ないし〇・二となつているものと認めるのが相当である。これを自賠法施行令別表の後遺障害等級表及び労働能力喪失率表(昭和三二年七月二日基発第五五一号労働基準監督局長通牒)に当てはめると、後遺障害等級第一三級に該当し、労働能力喪失率は九パーセントである。しかしながら、右労働能力喪失率表は現に労働に従事している肉体労働者を主たる対象として作成されたものであるから、原告のような年少者の場合にそのまま適用することはできない。のみならず、右障害の程度ことにコンタクトレンズ装用により日常生活に支障がない程度にまで矯正可能とされていること、原告の年齢、将来の職業選択の可能性(適切な職業選択によつて障害の影響を最小限にとどめることができる。)等諸般の事情を考慮すれば、原告の被つた右後遺障害が将来恒常的な減収をもたらす程度のものであると現時点において断定することは極めて困難というほかなく、右後遺障害による逸失利益はこれを認めるに由ないものというべきである。もつとも、このように恒常的な減収に結びつく具体的な労働能力の喪失は認められないとは言え、原告が本件事故により視力低下という形で抽象的労働能力を一部喪失したことは否定できないところであり、この点は慰藉料の算定において考慮することとする。

5  慰藉料 二〇〇万円

さきにみたように、本件事故は、教諭らに引率されてガードレールにより車道と区分された歩道上を歩行中の原告ら幼稚園児の列の上に、たまたま荷くずれを起こしながら通りかかつた加害車から積荷のビールの空びんが大量に落下したという、原告にとつては正に青天の霹靂ともいうべき事故であつて、もとより原告には一片の過失も認められない。原告は、前記緊急手術により幸い失明には至らなかつたものの、右強角膜裂傷・虹彩脱出の重傷を負つたもので、前記認定のような視力低下の後遺障害が残つたほか、今後白内障に進行する可能性もあるため定期検診の必要性があるとされていてなお失明のおそれなしとせず、さらに、前示甲第四号証及び矢作鈴枝の供述によれば、原告の右眼には角膜白班・偽翼状片の醜状痕があることが認められる。

以上認定の本件事故の態様、傷害の部位・程度、入・通院の期間、後遺障害の程度等に、原告の年齢、原告が女児であること等本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮して、原告が本件事故によつて被つた精神的損害に対する慰藉料の額は二〇〇万円とするのが相当である。

6  損害の填補 九八万五三四〇円

原告が、本件事故による損害賠償金として、被告らから七八万五三四〇円、被告会社からこのほか見舞金二〇万円の合計九八万五三四〇円を受領した事実は、当事者間に争いがない。

7  弁護士費用 二〇万円

矢作鈴枝の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人三善勝哉弁護士に委任し、三〇万円を下らない報酬及び手数料の支払いを約していることが認められる。しかして、本件訴訟の難易及び経過、請求額、認容額等諸般の事情を斟酌すれば、原告が支払うべき右弁護士費用のうち二〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに賠償させるのが相当である。

以上によれば、1ないし3及び5の合計二七七万六四三〇円から6の九八万五三四〇円を差し引いた一七九万一〇九〇円に7の弁護士費用二〇万円をあわせた一九九万一〇九〇円が、本件事故によつて原告が被つた未填補の損害ということになる。

四  結論

してみると、原告の被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し、一九九万一〇九〇円とそのうち右弁護士費用を除く一七九万一〇九〇円に対する本件事故の翌日である昭和五三年五月二五日以降、右弁護士費用二〇万円に対する本裁判確定の日の翌日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、その余はいずれも失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 魚住庸夫)

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